こんにちは!おみんすです。

おみんすです
皆さんは、誰かに嫌なことを言われたことはありますか?
「一度もない!」という人は少ないと思います。
嫌なことを言われたとき、結構引きずるタイプですか?すぐに忘れられますか?
私は…
めっっっっっっっっちゃ引きずります。
よく「寝たら忘れる」という人もいますが、信じられない。寝ても覚めてもそのことばかり考えてしまい、なんなら言われた嫌なことが頭から離れないせいで、眠れないこともよくあります。

「考えれば考えるほど考えちゃうんだよ、他のことを考えればいいんだよ」という言葉もよく聞きますが、できません。他のことを考えても一瞬で引き戻されて「あんなことを…なぜ言うんだ…」とぐじぐじ悩みのループに突入してしまいます。

「嫌な言葉」といっても、いろいろですよね。
私がこれまでくらってきた言葉の中にも、あからさまに悪意のあるものからそうでないものまでさまざまでした。
むしろ、悪意を持ってぶつけられた言葉というのは少なくて、モヤモヤの大半は相手に悪気がないからこそ「素直に受け止められない私が悪いのかな…」と引きずってしまうのではないでしょうか。
- 容姿差別(見た目を否定する言葉)
- 人格否定(その人の存在価値を否定するような言葉)
どちらもあえて具体例は避けますが(ジャイ子と同じ理由)、これを言われて良い気分になる人はいませんよね。
一方で、以下はどうでしょうか。
- 考えすぎだよ、気にしすぎだよ
- 繊細すぎるね
- 人に期待しないほうがいいよ
- 割り切ったほうがいいよ
- ○○な人だよね
え、これのどこが嫌なの?と思う人もいるでしょう。
私の捉え方は、「悪意がないことはわかっているけど傷つく」です。

これは、言われたときの精神状態にもよると思うんです。
2021年M-1決勝のランジャタイのネタを見たときの松本人志のような(わかる人にだけわかればよい)
「元気ハツラツ!オロナミンC~~~!!」みたいな気分のときに「元気そうだね」と言われても「うん、元気!」としか思わないですが、

病み上がりでなんとか職場復帰しました…でも、職場でどんよりしていたら申し訳ないから笑っておこう…ハハハ…みたいなときに「元気そうだね」と言われたら「え?」と思いませんか?

もちろん、後者を言った人に悪気はないのかもしれません。
むしろ「休んでいたから心配だったけど、元気そうで安心した」という気遣いで声をかけてくれたのかもしれません。
でも、元気がないときにそう言われてしまうと「え、こちら無理して頑張っているんだが…?この人何もわかっていない…ブツブツ…」と途端に闇モードが発動します。

そんなとき、どうすればいいのか?
答えは私にもわかりません。誰か教えてほしい。
ごめんなさい、釣りのような文章になってしまいました。
でも、これに関しては私もいまだに答えがわからなくて、本当に誰か教えてほしい。
この文章を書いたのは、私と同じように、人に言われた言葉を真に受けてしまって辛かったり、生きづらさを感じる人がいたら、共感的に小さな救いになればいいなと思ったからです。解決策を与えられなくてごめんね。
なぜ傷つくのか?
ここからは、少しだけ自己分析をしてみようと思います。
なぜ、こんなにも傷つきやすいのか?
たぶん私の場合は、どんな言葉も人格を否定されたように感じてしまうんです。
たとえば、先の例でいうと・・・
考えすぎだよ、気にしすぎだよ

気にしても仕方のないことだから、あなたが考えすぎる必要はないと思う

「そんな小さなことをいつまでも考えているなんて、おかしいんじゃないの?」ということ!?
繊細すぎるね

そんな細かいところまで考えてるんだ~

「そんな細かいことまで考えて何になるの?繊細な人は相手しづらいんだからもう少しそのまま受け取ってよ、面倒くさい」と思われているんだろうな…。
人に期待しないほうがいいよ

相手に「こうしてほしい」と思っていると、そうでなかったときにショックを受けてしまうから「やってくれたらラッキー」くらいに思っておくと気が楽だよ

相手に「こうしてほしい」と思うなんて無駄ってことか…。ってことはこの人も私には期待していないのかな…。悲しいな…。
割り切ったほうがいいよ

どうにもならないことや相手もいるんだから「そういうもの」と、自分と切り離して考えるのがいいよ

…?(割り切るってどういうこと…?)
○○な人だよね(悩みがちな人だよね、など)

よく悩んでいるね。そんなに考えすぎなくていいんだよ。

「しょうもないことでいつまで悩んでんの?」と思ってる…?
言った人の意図も、正しいのかどうかわかりません。
私の受け取り方も、正しいのかどうかわかりません。
だったら良いように考えればいいのに、悪いほうに悪いほうに考えてしまう。
これはきっと、考え方のトレーニングが必要なんでしょうね。
私も日々生きづらさを抱えながら、がんばって生きます。
なぜ生きるのかというと、日常にまだ小さな幸せと思えることが残っているからです。おいしいご飯を食べているときは幸せだし、好きな曲を聴いているときは幸せだし、好きなキャラクターを眺めているときは幸せだし、新しい場所へ行くことも幸せ(これは正直ストレスも伴うけど)。

皆さんは、日常のささやかな幸せはありますか?
生きづらい仲間の少数派の皆さま、楽しいこと、見つけていこうね。




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